プレゼンテーション「次世代 #ePOWER​ に関する技術発表記者会見」

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次世代 #ePOWER​ に関する技術発表記者会見

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日産次世代e-POWERエンジン、驚異の熱効率50%にめど

日産自動車は、発電専用ガソリンエンジンの最高熱効率が50%に達する見通しを2月26日に発表した。世界最高水準で、ハイブリッド車(HEV)の燃費性能を大きく高められる。2025年ごろまでの技術確立を目指すとみられ、その後量産する。30年代早期に主要市場に投入する新型車全てを電動化する方針の日産にとって、電気自動車(EV)と並ぶ切り札にする。

「EVといい勝負できる」

エンジンで発電機を動作し、その電力でモーターを駆動するシリーズ方式の独自HEV技術「e-POWER(パワー)」で利用する。同方式はエンジンの熱効率と燃費性能が直結しやすい。日産は現行エンジンの最高熱効率である38%から3割超の大幅な向上を目指す。

現在、熱効率の世界最高水準は41%前後である。トヨタ自動車やホンダ、マツダ、SUBARU(スバル)といった日本の自動車メーカーが激しく競っている。熱効率では欧米メーカーに差をつけており、日本に優位性がある。日産がもくろみ通りに50%に到達すれば、日本勢の中で大きく抜け出しそうだ。

一方、30年以降にエンジン車の販売を中止する動きが欧米中心に世界で広がる。エンジンの新規開発を事実上中止したとされる自動車メーカーも日本にあるようだ。

エンジンに逆風が吹く中、日産がエンジン開発に力を注ぐのは、自動車の原材料調達から生産、使用、廃棄までライフサイクル全体で二酸化炭素(CO2)排出量を評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」を考慮すると、各国・地域の電源構成によってはEVとHEVのCO2排出量が拮抗するとみるからだ。

日産でパワートレーン開発を統括する平井俊弘氏(専務執行役員)は「再生可能エネルギーの導入量次第では、e-POWERでEVといい勝負ができる」と分析する。

日産は、30%前後のエンジン熱効率から38%の現在水準にこぎ着けるのに約50年かけた。今後わずか5年で過去50年分を上回る10ポイント以上の向上を狙うことになる。世界でCO2排出量規制が格段に厳しくなる見通しで、開発を急ぐ。e-POWERのようなシリーズHEVの場合、エンジン運転領域を狭められるため熱効率を高めやすい特徴を生かす。

さらに日産は今後、発電専用エンジンで培った技術を基に、通常のエンジンを開発する構想を明かす。これまでのような通常のエンジン車の技術をHEVに転用する流れとは逆で、HEVが主役の時代をにらんだ新しい発想といえる。

熱効率向上の鍵握る「STARC」燃焼

日産は大きく3段階かけて50%に到達する算段である。(1)理論空燃比(ストイキオメトリー)燃焼で43%(2)希薄燃焼(リーンバーン)で46%(3)廃熱回収技術などを追加して50%――である。現時点で第2段階の46%に達した実験機の開発に成功している。第3段階については技術的なめどをつけており、これから実証に入る。

46%達成機の排気量は1.5リットルで3気筒。直噴でターボチャージャーを搭載する。最大の特徴は、部品構成を簡素にしながらリーンバーンを実現したことである。発電専用のため、走行中にほとんど同じ回転数とトルクで動作するいわゆる「定点運転」にできる利点を生かした。圧縮比はターボを装着しながら13.5と高い。

46%達成機の開発責任者である鶴島理史氏(パワートレイン・EV先進技術開発部第一次世代パワートレイン・EV開発グループ主管)は「定点運転により、簡素な構成ながらも熱効率を突き詰めた」と自信をのぞかせる。基本的に2000~2400rpm(回毎分)くらいで運転する。

最近、マツダとスバルがリーンバーンエンジンを相次いで量産化している。2社のエンジンは日産と異なり、広い負荷域で動作し駆動力を直接車輪に伝えることを前提としたもの。圧縮着火といった難度の高い技術の実現にコストをかけたり、ある程度の熱効率向上でとどめたりしている。日産は定点運転により狭い負荷域に絞ることで、簡素な構成で低コスト化と高熱効率を両立する考えである。

熱効率向上の鍵を握るのが「STARC(スターク)」と名付けた独自の燃焼手法である。気筒内に入れる空気の縦渦(タンブル)を強くして混合気の乱れ強度を高めつつ、点火系に工夫して安定した着火を実現する。最近では自動車各社がタンブル強化に力を注ぐが、日産は定点運転の特徴を生かして、タンブルを他社に比べてかなり強くしている。

タンブルを強くするとピストン圧縮時に混合気の乱れが強くなり、燃焼を促進できる。リーンバーンの課題である燃焼速度の低下を抑えるのに寄与する。実験機ではタンブルの指標となるタンブル比が日産基準で4に達した。現行e-POWER用エンジンの2倍近くという。

リーンバーンで課題となる着火性の向上のため、点火手法にも工夫した。点火プラグのエネルギーは100ミリジュール超と通常品より少し高いくらい。それでもプラグ先端付近のガス流動の向きや強さを制御して、プラグの中心電極と接地電極の間に生じる放電経路を伸長し、初期火炎核の安定形成にこぎ着けた。

放電経路を伸長するガス流動の実現には、2000rpm程度で運転し続ける定点運転を前提としていることが役立つ。回転数が上がればガス流動は強くなり過ぎるし、下がれば逆で伸長しにくくなる。

燃料噴射装置の噴射圧は35メガパスカルと高めだが、最近ではよくある水準。リーンバーンのように難しい燃焼には噴射圧をもっと高める選択肢もある。燃料を微粒化して、燃焼を促進しやすくなるからだ。

日産は気筒の中央に噴射装置を配置するセンター噴射にすることで点火プラグと近づけ、この程度の噴射圧で十分な着火性を確保した。センター噴射にすることで、点火プラグ付近だけ燃料を少し濃くする弱成層にしやすくなる。従来は吸気ポートの下に配置するサイド噴射だった。

センター噴射としたのには、タンブルを強くする狙いもある。吸気ポートの向きをペントルーフ(三角屋根)に沿う寝かせた形状として、吸入空気を気筒内に強く入れられる。サイド噴射の場合は吸気ポートの向きが噴射装置を避けるように屋根に対して立つ形となり、筒内の入り口で流れがはく離しがちだった。

さらにセンター噴射とすることで、粒子状物質(PM)の排出量を減らせる利点も大きい。サイド噴射に比べてシリンダーライナーへの燃料付着量を減らせるためである。

気筒をロングストローク化

一方で弱成層にすると、排ガスの窒素酸化物(NOx)が増えやすくなる。日産の実験機は定点運転に近いため、NOx排出量を抑えられるという。NOxは回転数やトルクを変化させる過渡領域で多く発生するからだ。

空気過剰率で2.5に達するリーンバーンの運転時、NOxは30ppm(ppmは100万分の1)以下に抑えられるとする。ただそれでも次世代排ガス規制「Euro(ユーロ)7」への対応を見据えると、NOx後処理装置の追加は必要になるとみる。

気筒をロングストロークにしたことも熱効率の向上に寄与した。気筒の内径(ボア)は79.7ミリメートル、行程(ストローク)は100.2ミリメートルで、ストローク/ボア(S/B)比は1.26だ。現行の小型車「ノート」のe-POWER用エンジンが同1.07で、かなり細長い。熱効率を高められるものの最高回転数は低くなりがちだ。実験機では4800rpmにとどまる。

鶴島氏は「熱効率に焦点を当てるとS/B比をさらに大きくすることもできるが、(回転数が下がり)出力が低下する。出力とのバランスを考えると、1.25~1.30くらいが最適」と考える。開発機の比出力はストイキ燃焼時に1リットルあたり85キロワットと十分に高い。

ただしロングストロークにすると、エンジンの背が高くなる。車両によっては搭載しにくい。日産はマルチリンク機構の可変圧縮比(VCR)技術を開発しており、同機構を利用することでロングストロークとエンジン高の抑制を両立する考えである。

一方、ストイキ燃焼では、リーンバーンで空気を大量に入れる代わりにEGR(排ガス再循環)量を増やすことで、熱効率を43%に高めた。吸気ガスに占める排ガスの比率であるEGR率は約30%とかなり高く、大量の排ガスを気筒に戻している。

EGRをこれほど増やすと燃えにくくなるが、STARC技術により安定した燃焼を実現する。しかも点火系や噴射系の構成はストイキ燃焼時とリーンバーン時で「ほとんど同じ」(鶴島氏)という。リーンバーンの場合は点火エネルギーを少し大きくするくらいのようだ。

50%達成に最後の2ポイント積み増す

ターボチャージャーの採用も熱効率の向上に寄与した。発電専用機には一見必要ないように思えるが、大量EGRやリーンバーンに必要な多量の空気を筒内に押し込む役割がある。加えて廃熱回収効果を得られるという。

ターボがなければ使わなかった排ガスのエネルギーを利用することで、多量の空気を気筒に送り込み、ポンピング損失を減らせる。加えて、過給することで高トルク域で運転することができ、摩擦損失を相対的に小さくして熱効率向上につなげられる。

ターボはシングルで、タービン径を大きくしたのが特徴である。同程度の排気量のエンジンに比べて、1.4~1.5倍ほど大きいという。発電専用機にターボラグは関係なく、径を小さくして応答性を高める必要がない。定点運転領域で最も高効率なタービン径を選択した。「今回のターボを通常のエンジンに使えば、ターボラグの大きな『ドッカンターボ』になるだろう」(鶴島氏)と話す。

ターボには油圧式ウエイストゲートバルブを備える。最高出力点付近での運転時に利用するという。

実験機の気筒数を4ではなく3にしたのは、1気筒当たりの排気量を0.5リットルくらいにするのが技術検証しやすいため。「量産時に3気筒にするかは分からない」(鶴島氏)という。

今後は廃熱回収技術などを利用することで、46%の熱効率をさらに高めて50%達成を実証する。ランキンサイクルなどの廃熱回収技術の投入によって、46%の熱効率を48%程度にできると見通す。残る2%については、現状は燃費最適点と高出力点を使い分けて運転しているところ、燃費最適点だけに絞ることで達成できるとみる。