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日産、超軽量CFRP(カーボン)パーツ量産新技術発表会レポート
日産自動車は9月3日、カーボン部品となるCFRP(炭素繊維強化プラスチック)製部品の量産化を実現するため、金型内における炭素繊維への樹脂の含浸度合いを精確にシミュレーションできる「樹脂含浸シミュレーション技術」を開発し、オンラインにて発表会を行なった。
登壇したのは、国内生産およびサプライチェーンマネージメントを担当する執行役副社長坂本秀行氏、車両生産技術開発を担当する常務執行役員平田禎治氏、生産技術研究開発センターエキスパートリーダー水谷篤氏の3名。
冒頭で坂本氏は「昨今の自動車新技術開発はCASEに関連していて、特に将来の環境課題である自動車のゼロエミッション化に向けた車両の電動化に関連するところでは、新しいバッテリーの材料や構造、ロスの少ないインバーター技術、新しい素子の活用、モーターに関しても新しい磁石の開発、電磁ロス低減など、電動パワーユニットに関する新技術の成果がいろいろと発表されている。しかし、大型SUVなど重量のあるクルマを電動化するには、航続距離を確保するために大きなバッテリーが必要となり、大きなバッテリー自体の重量が重く、さらにその重量に耐えうる衝突強度を車体が確保しなければならず、さらに重量が重くなる。つまり重いクルマほど、重くならざるをえないというジレンマに陥っている」と課題を解説。
続けて「電動化車両の主役であるハイブリッドにおいても、使われるエンジンの熱効率と減速の回生エネルギーに理論限界が存在する宿命があり、その理論限界値自体が重量によって大きく左右される。つまり電動パワーユニットの技術開発のみでは、広範囲な車両を本質的に電動化、ゼロエミッション化させていくのは難しく、改めて今“軽量化の重要性”、特に電動ユニットにおいては軽量化の価値を考え直す必要がある」と語る。
さらに坂本氏は「CFRP自体はかなり前から、次世代の車体の構造材料として適応が期待されているが、現実はまだまだ量産適応に関しては課題が多く、極めて部分的に適応されたり、特定の車種に適応されるのが現状。その理由は4つあり、コストの高さ、成型性の難しさ、複雑な形状になると強度が多少不安定になるという量産上の問題、そしてアルミや鉄など鋼材との接合方法という大きな課題がある」と明言。
また「CFRP自体は炭素繊維を樹脂材料で固めただけのシンプルなもの。課題はそれをクルマの構成材料にするための生産工程におけるブレイクスルーが求められていた。そこで日産では、最新のCompression-RTM(Resin Transfer Molding)工法を対象に、樹脂の流動性解析を応用したシミュレーションの技術開発を実施。これによりCFRPを車両構成材料へと押し上げた。こういった生産プロセスに関わる技術開発は、地味で黒子のような存在だが、今後の展開への期待を込めて、この場を設けさせていただいた」と、今回の技術発表に至る背景を語ってくれた。
続いて水谷氏より、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)部品の量産化に向けた樹脂含浸シミュレーション技術の開発について説明があった。そもそも開発の背景には、日産が「ニッサングリーンプログラム」で目標に掲げているCO2排出を2022年までに40%削減、2050年までに90%削減するという数値の達成があり、そのためには電動化に加えて車両の軽量化が必要だと考えているからとした。
髪の毛よりも細い炭素繊維は強度や剛性にすぐれ、鉄に比べて約50%の軽量化が可能となる。また、炭素繊維強化プラスチックは、炭素繊維を樹脂で固めたものをいう。鉄、アルミ、CFRPを比べれば、もっとも軽くて硬い材料となり、F1やモータースポーツなどに使用されている。日産でもGT-R NISMOの一部に適応させているが、今後もっと拡大していく必要があると感じていたという。
これまで課題となっていたのは、坂本氏も述べていたように、まずはコストが鉄の10倍にもなるという点。そして製造プロセスも、繊維方向への引っ張り強度は強い炭素繊維だが、束ねた際は垂直方向への強度は劣る。そこで角度を変えて積み重ねる積層設計にすることで全方向の強度を高めているが、シートをカットして積層させてからオートクレーブで成型と、スチールと比べて工程が多く複雑だった。
特に時間を要していたのが、オートクレーブ内で積層品の真空引きを行ないながらの成型で、これには3~4時間もかかっていた。そこで開発されたRTM工法では、積層品を金型にセットして樹脂を高圧で流し込み、熱による化学反応で樹脂を硬化させるというもの。この工法だと同じものが約10分で完成と、大幅に時間を短縮することに成功したという。さらに、今回C-RTM工法を確立。この工法は、最初は金型と積層品の間に隙間を開けておき、真空引きをしながらそこに樹脂を流し込みつつ金型を閉じていく(プレス)。これで隅々まで素早く樹脂が流れ込み、樹脂は金型の熱(120℃)によって急速に硬化。同じものを約2分で完成させることが可能となった。
もちろん、樹脂を素早く隅々まで流すのも容易ではなく、当初はプレスした際に立体的な部分の繊維が乱れてしまったり、流し込んでいる樹脂が少しずつ硬化していき隅まで行きわたらなかったりと技術的な課題もあったという。それをクリアするために樹脂含浸シミュレーションを採用したところ、これまで金型を作っては修正という作業を3回ほど繰り返していたが、一発で金型が完成し、これまでの開発時間を約50%も短縮できたとのこと。
また、金型は閉じた状態だと内部が確認できず、樹脂がどこまで流れているのかや、どう流れているのかを確認できないことが開発の足を引っ張っていたが、透明の金型を開発し、スチールや炭素繊維でどのように樹脂が流れていくのかなどを分析。
同時に金型に温度センサーを複数取り付け、温度変化を測定することで、樹脂の流れの可視化に成功した。さらに繊維の嵩密度と板厚も測定することで、シミュレーション精度が向上。ゲートや樹脂ビード(溝)の形状を見直し、性能を満たす製品開発に成功したという。この工法の確立により、複雑な形状への対応、開発期間の短縮、部品コスト低減に貢献し、車体の大幅な軽量化が期待できる。
なお、今回はオンライン発表会という場を生かし、実際に神奈川県厚木市にある日産テクニカルセンターと中継を結び、C-RTM工法による成型のデモンストレーションの中継が行なわれた。
質疑応答にて平田禎治氏は、投入カテゴリー、投入時期や適応部位に関する質問に対して、日産インテリジェントモビリティを推進するためには、軽量化は必須事項となり、工場では1分に1台と2分に1台クルマを製造しているラインがあるが、今回CFRPが2分に1個生産できるところまできたことで、実用化できるとして今回の発表に至っている。特にシミュレーションと結果が合致するというのが量産に応用するために大きな進歩であると回答。
また坂本氏も「2024~2025年に投入する新型車あたりから適応させていく予定だ」と明かし、合わせて水谷氏も「現在の側方衝突に必要とされる強度はクリアしている」と解説した。
今回新たに紹介されたC-RTM工法のほかに、GT-R NISMOのルーフに採用されている超軽量カーボンルーフは、カーボンパネルをサンドイッチ構造にし、空間に発泡剤のようなコア材を挟み込むことで約4kgの軽量化と、使用する樹脂の粘度を高くすることでカーボン繊維の編み目が崩れにくくなり高い外観品質を実現した。
また、カーボン繊維自体に高圧電源でプラズマビームを表面にぶつけ、表面の分子を活性化させることで炭素繊維と樹脂の密着性を向上させる「CFRPフィラメントワインディング工法」も確立している。