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トヨタがハイブリッド特許開放で目指す「サプライヤーへの道」
トヨタ自動車<7203>が2019年4月3日、ハイブリッド車(HV)をはじめとする2万3740件に及ぶ電気モーター搭載車技術の特許実施権を無償提供すると発表した。併せてシステム販売にも参入する。電気自動車(EV)の台頭や、HVに匹敵する燃費を武器にした超省エネエンジン車などの相次ぐ発売で存在意義がゆらぐHV。トヨタのオープン戦略の真の目的は何か?
実はトヨタのHVはEVとの親和性が低い
トヨタ自動車はHV特許公開で基幹部品が共通するEV開発も後押しする方針だが、自動車業界は懐疑的だ。トヨタのHVはエンジンと電気モーターの動力を併用して駆動するパラレル(並列)方式に近いスプリット方式であり、必ずエンジンが介在する。そのため、構造としてはEVよりもエンジン車に近い。「モーターやバッテリーが共通する」と言っても、「同じ部品を使っている」程度の話にすぎない。
むしろ日産自動車<7201>が量産し、2018年に国内販売台数トップとなった「ノート e-POWER」のようなシリーズ(直列)方式の方がEVとの親和性が高い。シリーズ方式とはエンジンは発電専用でモーターの動力のみを駆動に使うハイブリッドシステム。つまりエンジンを燃料電池(FC)や増設バッテリーに換装すれば、そのままEVになる。
パラレル方式やスプリット方式はエンジンをFCやバッテリーに換装すること自体が難しい。無理に換装しても、エンジンが駆動に利用できないだけに動力不足で満足に走らないだろう。ならば、一からEVを開発する方がマシ。つまりトヨタのHV技術は基礎的な技術要素をEV開発に利用できるものの、EV量産に直接つながるものではないのだ。
ならば、トヨタが狙うのは何か。トヨタの寺師茂樹技術開発担当副社長は「自動車電動化への現実的な解決策はHV。HV技術で規制が強化されているCO2排出量を極力下げる」と、発表会見で明言した。量産効果で安くなったとはいえEV用の大容量車載電池のコストはいまだに高く、エンジン併用のHVに比べると航続距離も短い。充電時間の短縮も進まず、本格的な普及へのハードルは高いとトヨタは見ているのだ。
ハードルが高い「HVサプライヤーへの道」
HVにまだ商機があると判断したトヨタは、他社生産車向けに車両電動化システムを販売することで売上増を図る。つまり、トヨタがHVシステムのサプライヤー(部品供給業者)になるということだ。特許を開放すれば、どのメーカーでもHVを量産できるというわけではない。安全かつ燃費の良い制御プログラムや部品間のすり合わせ、生産技術など、実際に量産しているトヨタの支援なしには満足なHV生産はできないだろう。
HVのサプライヤーとなることで、トヨタは自社HVに搭載する部品も量産効果によりコストダウンできる。まさにハイブリッドシステムを「売ってよし」「買ってよし」、結果として「トヨタよし」の「三方よし」を狙っているわけだ。
最大の懸念材料はEV普及のスピードだ。トヨタの読み通り、EV普及がコスト面や機能面で進まなければHVの需要も今後10年以上は見込めるだろう。しかし、何らかのブレークスルーで車載電池のコスト削減が進んだり、航続距離が伸びたり、充電時間が短縮したりすれば、HVの賞味期限は数年で切れることになる。
現実にそうなるかどうかは別として、他の自動車メーカーが「EVの普及は近い」と確信すれば、トヨタの特許開放とHVサプライヤー構想は「絵に描いた餅」に終わる。さらに日産がトヨタに対抗してEVとの親和性が高いシリーズ方式のHVシステムの外販を始めれば、トヨタのHV「プリウス」や「アクア」が「ノート e-POWER」に販売台数で追い抜かれたように、サプライヤー競争に敗れる可能性が高い。
1997年に世界で初めてHVを量産し、2018年のHV販売台数は163万台と世界シェアの約半数を占める「HV帝国」を築き上げたトヨタだが、新たに「HVサプライヤーの王者」として君臨するには数々のハードルを越えなくてはならないようだ。